決意の廃マウンド

選抜高校野球大会決勝の朝。
少年は目覚めると、右腕に今まで経験したことのない違和感を感じた。
物を握ると、掌から肘にかけての筋に、ピリピリとした痛みが発生するのである。
医師に診断をしてもらうと、彼は首を振りながらこう言った。




「・・残念ですが重度の腱鞘炎の可能性が有ります。選手生命に関わりますので
 今日の試合に出ることは、医師として許すわけにはいきません」




少年にとって、これは死刑に等しい宣告だった。
努力に努力を重ねて、ようやくこの場にたどり着いたのだ。
こんなところで夢を諦めなければならないのか?




肉体の鍛錬は怠っていないつもりだった。
毎日500mのランニング、腹筋腕立て各20回ずつなどの
プロ顔負けの激しいトレーニングをしてきたつもりだった。




幼い頃よりプロラグナーを目指し、
両親から徹底的にプリーストのスキルを叩き込まれた。
バックサンクの練習のために、カタコンに明け方まで篭ったこともある。
イビルドルイドカードは最後まで出ず、ソンビプリズナーカードばかり出たのも
今ではいい思い出だ。




専属トレーナーの山田加留太に相談をすると
彼は激昂し、こう言い放った。



「バカヤロウ!!試合前日に31%も経験値を稼ぐ奴がどこにいるんだ!
 31%といえばポポリン382716体分だぞ!
 お前・・・・一体何時間狩りをしたんだ?!」


「たしかに、選抜高校野球決勝を見ながら
 だらだらとアヌビス狩りをしていたことは認めます。
 でも・・・・たった6時間じゃないですか!」




「6時間・・だと?」

加留太の目が、まるでローグから阿修羅を打たれたかのように
丸くなる。





「・・どうやらお前は頭がおかしいらしい。
 俺は監督に、お前を試合に出さないよう意見具申をしなければならない。
 お前は監督にこっぴどく怒られる。話はそれでオシマイだ」



「ま、待って下さい!加留太さん!!」



冷たく言い放ち、部屋を出ようとする加留太の肩を
少年は荒々しく掴んだ。






「・・俺、名無高校の根黒満作と約束をしたんです!!
 今日中に・・・・レベル99になって転生をするって。」




「・・・・根黒満作・・だと!?」





根黒満作(ねくろまんさく)は名無高校のエースにして、少年の親友でもあった男だ。
プロ顔負けの様々なスキルと3000を優に超える攻撃力によってプレイヤーを翻弄し、
国内はおろか、海外からも視察がくるほどの超高校級の逸材だった。



だが、不幸な事故は突然やってきた。
彼はいつものように、グラウンドでME狩りの練習中に
誤って設置されたマグヌエクソシズムに巻き込まれ
肉体ごと消滅してしまったのだ。


共に転生を約束していた根黒の死は、少年を絶望させるに余りあり
想像を絶する悲しみが少年を襲った。




「この試合、確かに俺は、はやく光属性のリアルハイプリになって
 みんながおれに注目する存在になりたいという気持ちがあった。
 ・・でも、根黒のやつが死んで、俺は気付いたんです。
 俺の右手は、俺だけ為にあるんじゃないって・・。」



「・・・・」



「死んだあいつの代わりに、俺はなんとしても転生しなければいけない。
 あいつの気持ちに、俺は応えなければいけないんだ。
 俺の右腕なんてどうなってもいい!
 だから頼みます加留太さん!俺を・・試合に出してください!!」



「・・・・」

「・・・・」

「・・・・」

部屋の中に重苦しい空気が漂い、
やがて加留太が口を開いた。



「良く分かったよ・・お前がとんだ大馬鹿野郎だということがな。」




「か・・加留太さん・・。」







「だがな、お前みたいな大馬鹿野郎は・・・・俺は嫌いじゃないぜ。」




「加留太さん!!」
少年の顔に笑顔が戻る。



「よろしい。試合に出ることを許可しようじゃないか。だが・・ひとつだけ約束をしてくれ。」



「今日の試合、決して人差し指を使ってマウスをクリックするな。怪我が悪化しちまうからな。
 中指を使ってクリックすれば、右腕への負担は軽減できるはずだ。
 俺はこんなところで、お前のプロラグナーとしての夢を壊したくないんだ。」


そういうと加留太は、クリックのし過ぎで真っ赤に晴れ上がった己の人差し指を見せ
ニッと笑った。




ああ・・この人も既に、人として終わってたんだ。
少年は一瞬、自分と同じ境遇の加留太を哀れに思ったが
試合に出られる喜びにくらべれば、そんな些細なことは
どうでもいいことだった。



「何をぐずぐずしてやがる!アルベルタ行きのポタを出してやるから
 さっさと行きやがれ。」
加留太の大声が部屋にこだまする。
だが先ほどのような怒気は、その声からは感じられなかった。


「hai!」
これ以上無いくらい爽やかに、少年はそれに応え
ポタに飛び乗った。



■■■■中略■■■■




既に試合は始まっている。
極度の疲労によって少年は強力な睡魔に襲われていたが、
「俺が眠ると、みんな死んじゃう」という義務感によって
少年は走り続けた。


路行く人を押しのけ、跳ねとばし、少年は黒い風のように走った。
道端でニヨルドの宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、一次職の人たちを仰天させ、
ワイルドキャットを蹴とばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。

21時になろうとしたとき、少年は疾風のごとく
アルベルタの宿に突入した。間に合った。


そこには見慣れた仲間達が待っていた。








少年の戦いは、いま始まったのだ!



注:この記事はラグナロクオンラインの日記なので、
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