廃名医フランツ

「先生!助けてください!!すでに我々の力では手に負えません」
軍の研究施設の一室に、若い医師が飛び込んできた。


先生と呼ばれた男、名前はフランツという。
フランツはカルテにすばやく目を通し、
沈痛な面持ちで呟いた。


「ラグナ出血熱・・しかも末期か」


ラグナ出血熱は、ネトゲハイジン科のラグナウイルスを病原体とする急性ウイルス性感染症である。
アフリカのザイールのネカフェで初めて存在が確認され
バイオセーフティーレベル4に分類されるきわめて危険なウィルスだった。


感染をした人間は、パソコンのディスプレイの前に釘付けになり
激しい腱鞘炎や軽度の頭痛、食欲の減退を引き起こす。
症状が進行すると仮面のような表情でディスプレイの前から離れることができなくなり
「ブレス、速度、マニピ、アスム・・」などの意味不明なうわごとを言うようになる。


対症療法として、ハンゲ麻雀法やブラゲtravian法が有効とされているが
根本的な治療法は存在しない。


担当医師から患者の症状を聞いたフランツは
しばらくの間逡巡し、そして沈痛な面持ちで口を開いた。


「V肩破壊法を試みよう。」


「危険すぎます!!」
若い医師が即座に反発をする。


「V肩は患者にとって命といえるものです。あれを破壊しては
病気より先に、自らの手で命を断ち切りかねません!」


「このままの状態では、どちらにしても同じことだ。」




V肩破壊法とは、フランツ医師が開発した試験段階の治療法であった。
患者の所持するヴァルキリーマント(医学界ではV肩と呼ばれ、売れば七代遊んで暮らせるといわれる)を
過剰精錬して破壊することにより、ラグナロクに対する情熱を失わせようという画期的な療法である。


ただ、破壊に至るまでの手法と、破壊後のケアが非常に難しく、
これを実行できるのは世界でもフランツ医師ただ一人とされていた。



「たしかにV肩破壊法の有効性は認めます・・。でも、万が一過剰精錬が
成功してしまったらどうするんです?!勝ち組になって、ますます症状が悪化してしまうじゃないですか!」
執拗に食い下がる若い医師に向かって、フランツは冷たく言い放った。








「一日6時間もラグナロクにログインしているような人間が、
たとえゲームの中といえど、勝ち組になれると思うかね?」






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真っ白な病室には一人の患者が隔離されていた。
患者の名前はヤヒロフという。


「やあヤヒロフ。調子はどうだい?」
病室に現れたのはフランツ医師だった。
先ほどの深刻な態度を隠すように、陽気に話しかける。


「へへ・・フランツ先生、5分・・いや、ワンクリックでいいんだ。
ラグナロクをやらせてくれよ」
男は正真正銘のクズだった。焦点の定まらない目でフランツに話しかける。


(こいつはまずいな・・脳にまでウイルスがまわってやがる)


フランツは心の中で舌打ちをするが、表情からそれを窺い知る事は出来ない。


「そんなに焦るなよ。君の本業は絵を描くことだろ?とりあえず入院中くらいは
絵でも描いたらどうだい?」


「え、絵なんか描いても1zにもならないじゃないか!そ、それより俺に1dayチケットを与えてくれよ!
そそ、そうすれば、先生のために何枚でもウアーカードを取ってきてやるよ」


哀願するヤヒロフの周りを、フランツ医師は何かを探すようにぐるぐると回る。
ヤヒロフは怪訝そうな顔をして、それを観察していたが、フランツがベッドの脇に立つと
ユピテルサンダーで破壊できそうなほど顔が青くなった。


「お、おい馬鹿やめろ!そこには何もない!」


ヤヒロフの狼狽ぶりを見て、目的のものがそこにあることを確信し、
ベットのシーツをめくる。そして大仰に驚いて見せた。




「おや、これは+4ヴァルキリーマントじゃないか。」




「さ、触るな!それは俺の宝物だ!!」
ヤヒロフが必死の形相で叫ぶ。


「宝物?こんな過剰精錬もされていないヴァルキリーマントが?
こんなものは金さえあれば誰でも持てるじゃないか。
ヤヒロフは一流のプロラグナーだと聞いていたが・・・・この程度なのかい?」


フランツの挑発に、ヤヒロフは押し黙る。


「まあ確かに、過剰精錬をためらう気持ちはわからないでもないよ。失敗したら壊れてしまうからね。
だが・・世の中にはこういうものがあるんだ。」


そう言うと、白衣の胸ポケットからキラキラ光る鉱物を取り出した。


「これは濃縮エルニウムといってね。精錬の成功率を大きく上げることが出来るんだ。
これを使えば+5、あるいは+6ですら夢ではないんだよ。
本当は一個1000円もするんだけど、ヤヒロフ君のラグナロクに対する愛情に敬意を表して、
今回は特別に、ただで君の+4ヴァルキリーマントを+5にしてあげようじゃないか」




「やめろ!!」
ヤヒロフは叫ぶが、フランツは手馴れた手つきで
ヴァルキリーマントを奪い取り、あっという間に+5にしてしまった。


フランツの手腕を見せ付けられたヤヒロフは目を輝かせる。



「気に入ってくれたかい?私くらいの腕があれば+4から+5への過剰精錬なんて
ケチャップの蓋を開けるより簡単さ」




「・・すまねえ先生。俺、てっきり先生が俺のヴァルキリーマントを
治療の名のもとに、破壊しようとしているんじゃないかと疑ってたよ・・先生、ありがとう」
礼を言うヤヒロフを、フランツは冷ややかな目で見つめた。




「喜んでもらえて嬉しいよ。でも、礼を言うのはまだ早いんじゃないかな?」




不思議そうな顔をして見つめるヤヒロフを尻目に
フランツはさらにもう一つの濃縮エルニウムを胸ポケットから取り出した。


「実はまだ、ここにもう一つ濃縮エルニウムがあるんだよ。」
それは、逆らいようのない蟲惑的な輝きを見せていた。


「や、やめてくれ先生!そいつを使っても、+6の成功率は6割程度しかないじゃないか!
俺は・・・・+5のヴァルキリーマントで十分なんだ!!」


「いつからヤヒロフは、臆病者って看板をぶら下げて歩くようになったんだい?」
ここが正念場とばかりに、フランツが畳み掛ける。



「で、でも、濃縮エルニウムは1個1000円もするじゃないか。1000円あれば美味しいランチが
食べられる・・」


ヤヒロフは、己のうちから湧き出る狂気を押さえ込もうとするかのように
必死で反論をする。
だが、普段豆腐と玉ねぎのみで生きているヤヒロフにとって
それはあまりに説得力のない反論だった。


「おいおい、心にも思ってないことを言うなよ。1000円なんて、装備してもdefも上がらないし
完全回避すら上がらないじゃないか。美味しいランチは1回食べればそれっきり
濃縮エルニウムで強化した装備は、永遠にお前の宝物として手元に残る、
どっちがクレバーな選択か、お前ならわかるだろ?」


「・・・・」


「さっきお前は、+6ヴァルキリーマントの精錬が成功する確率は6割程度しかないと言っていたな。
5割ならともかく、6割だ。この程度の確率で失敗するようなやつはクズだよ。
お前はクズじゃない・・そうだろ?」
フランツはそう言い、笑顔で濃縮エルニウムを手渡した。











「一緒に勝ち組になろうぜ。」




ヤヒロフは震える手でフランツに1000円を渡し、それを受け取った。


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数日後、フランツ医師の部屋を若い医師が訪れた。
「フランツ先生、ヤヒロフの姿が病室から消えたんですが・・やはり、駄目でしたか・・?」



窓辺でフランツ医師が煙草に火をつけながら答える。
「ああ、彼はここからいなくなってしまったよ」



「・・・・」
若い医師は俯き、悔しさからか握った拳が震えている。




「患者一人一人の生死で感情を動かしてしまうところが
君の悪いところだ。ホルグレン君。
その性格では、医学の世界でこの先やっていけんぞ」


フランツがホルグレンと呼ばれた若い医師を諭す。
そして、にやっと笑って続けた。





「安心したまえ。治療は成功だ。ヴァルキリーマントは精錬に失敗し、見事破壊されたよ。
破壊当初は彼は激しく発狂していたが、今は容態も安定したため故郷へと帰した。
おめでとう、彼はラグナ出血熱の稀少な生還者の一人となったわけだ」


若い医師の顔に光が戻る。



「いまごろ彼は故郷のミネソタで、牛追いとして家族と幸せに働いてるよ。
もはや、この施設に戻ってくることはあるまい」




そう言うとフランツは美味しそうに煙草の煙を吸い込んだ。







※例によってラグナ日記なので、ネトゲ廃人になりたくないおって人は
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近況は明日にでも書くお・・