禁忌の部屋

開けてはならない部屋があった。


そこは、あるマンションの一室。
少年は幼いころから、周りの大人たちに
この部屋に入ることを禁じられていた。


近所に住むホワイトリバーおじさんや、綿農場主のキングJrのような大人たちが、
頻繁にこの部屋に入るのを少年は目撃していたが、
この部屋で何をしているのかまったく関心が湧かなかったし、
ガールフレンドのキャシーとのデートのほうが、その何百倍も魅力的だった。




冬も終わろうかというある日、
少年はいつものようにマンションの4階で、
気の置けない面子と麻雀を打っていた。


レートは点5。
少年のお小遣いにとっては、馬鹿にはならないレートであったが
勝ち組である少年にとっては、それは当たり前のレートだった。




「俺、一昨日テンピンで打ったんだぜ!」
麻雀を打ちながら、少年が自慢げにそう話す。
「すげえ!」
「超クールだぜ!!」
少年の仲間達が感嘆の声をあげる。
テンピンは点5の2倍のレート。30分で一週間生きていけるくらいの
金額がやりとりされる世界だ。
そこは子供にとっては未知の世界であり、大人への入り口であった。
それだけにテンピンで打ったという事実は、
少年達の中でステータスシンボルとなるうるわけである。


対局が終わり、清算を済ませたあと
少年はふと後ろを振り向いた。









いつもは閉じている扉が










その日は少しだけ開いていた。











「この中をのぞいてはいけないよ」
少年の脳裏に、ホワイトリオバーおじさんの言葉がよぎる。
だが、そこで踏みとどまるには少年はあまりに若すぎ、
湧き上がる好奇心を抑えようはずもなかった。




部屋の中では3人の男が麻雀を打っていた。
一人はホワイトリバーおじさん、もう一人はキングJr
最後の一人は見たことがない男だった。
それは、いつもと同じ何の変哲もない麻雀・・に見えた。



「おじさん達は、レートはいくらで打っているんですか?」
少年は無邪気に聞いた。
「・・・・」













「・・デカピンだよ」
しばらくの沈黙のあと、ホワイトリバーおじさんが呟いた。
少年は耳を疑った。
デカピンといえば、テンピンの10倍のレート。
30分でミネソタ州の小さな農場が買えるくらいの
金額がやりとりされているわけである。


「ホワイトリバーおじさん!あなた月収は○万円でしょ?!
 こんなレートで打って大丈夫なんですかっ!?」


少年は絶叫するが、卓に着いた三人は黙々とツモを続ける。


「・・テンピンじゃもう、シビれないんだよ」
死んだ魚のような目をしたおじさんが、突然呟いた。
少年には、デカピンを打つ人間の心情はまったく理解できなかったが
「シビれる」という言葉が何を指すのかは、なんとなく分かったような気がした。



こんなにシビれる勝負をしているのだから
おじさんは一体いくら勝っているのだろう。
少年は得点が書かれた紙に目を落とした。




























そこには「−60」と黒のボールペンで書いてあった。














長い冬が終わり、新しい春を迎えようとするその日、
少年は、この世で一番シビレるレートを知った。