そして廃伝説へ

ヨーロッパで広がった最高峰自動車レースのR1は、ヨーロッパにおいてはF1とともに
最も市民の尊崇を集めるスポーツの一つである。
3ヶ月の期間中にいちはやくレベル99になった者が勝者とされ、
優勝者には巨万の富と名誉が約束される。


これは、R1に命を賭けた二人の男の物語・・。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



「汚ねえ!汚ねえぞ!!」


カルタスキーは焦っていた。
ここはR1最高峰の舞台の一つ「surtオーラロードレース」のコース上である。
カーボンパネル一枚隔てた外の世界は、時速300キロを優に超える地獄の世界であり
わずかな操作ミスすら死に直結する。
だが、そんな状況で悪態をつかねばならぬほどに、カルタスキーは追い詰められていた。


カルタスキーの焦燥感を煽り立てるもの、
それは後ろから猛追してくるハヤヒロコフの存在だった。


最新のネカフェエンジンを搭載したカルタスキーのマシンは
通常のマシンの1.5倍の効率を叩き出し、
後続のマシンを大きく引き離していたはずだった。
実際、カルタスキーがレベル97になった時点で、ハヤヒロコフはいまだに
レベル94付近を走っており、誰もがカルタスキーの勝利を確信していた。


だが、カルタスキーがレベル98の半ばに差し掛かった頃
状況が一変する。
大きく引き離していたはずのハヤヒロコフのマシンが
いつの間にか背後に迫っていたのだ。



ハヤヒロコフは、スポンサーのスパイラルモーターズの潤沢な資金による
経験豊富なスタッフと最新の機材、海外(ナナシ島)への強化合宿などによって
強力にバックアップをされていた。


スパイラルモーターズお抱えの技師である
ザランドフ博士の開発した教範エンジンは、ネカフェエンジンと同等の出力を持ち
ハヤヒロコフは、カルタスキーと並んで今回のレースの優勝候補とされていた。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


カルタスキーとハヤヒロコフは、ロシアの貧しい寒村で生まれた。
幼いころより共に犬ぞりで遊び、いつのころからか二人は
スピードに魅せられるようになった。
そんな二人がR1への出場に興味を示すようになるまでに、そう時間はかからなかった。


大学を出た二人は、それぞれ別の道を進むことになる。
ハヤヒロコフは、スパイラルモーターズの所有するプロチームに所属し
カルタスキーは、己の力に磨きをかけるために
一人シベリアへと旅立った。


どちかが正しい道だったのかはわからない。


だが、現状で恵まれた環境にあるのは
ハヤヒロコフであるということは確定的に明らかであり、
あまりの境遇の差に、カルタスキーは神を呪わざるをえなかった。



(シベリアのネカフェで、一人孤独に修行をしてきた俺が、
恵まれた環境でぬくぬくと育ってきたハヤヒロコフに負けてたまるか!)


やり場のない怒りをハヤヒロコフにぶつけるが
それで事態が好転するわけでもなく、ついにハヤヒロコフのマシンが
カルタスキーのマシンの真横に並んだ。


だが、カルタスキーも簡単に負けるわけにはいかない。
残りの燃料も気にせず、エンジンをフルスロットルに入れる。
レシーバーを通してコーチの怒鳴り声が聞こえるが
もはやカルタスキーの耳には届かない。
併走するハヤヒロコフのマシンを、カルタスキーは睨みつける。


だがそこに、カルタスキーは驚くべきものを見た。




なんとハヤヒロコフは、コクピットの中で
電子レンジで暖めたであろうタマネギと、パック入りの木綿豆腐を食べていたのだ!
食事にかける時間を減らすことによって、1パーセントでも多くの
経験値を稼ごうとしていることは明らかだった。


美食家として知られるハヤヒロコフが、
醤油すらかけずに豆腐をむさぼり喰う姿に
カルタスキーは戦慄を覚えた。



(俺は愚かだった。俺一人が苦行をしているわけではなかったのだ。
ハヤヒロコフ・・やつも、栄光という孤独の中で戦う一人の戦士だということか。)



ハヤヒロコフへの怨念は、いつの間にか尊敬へと変わっていた。
並走する事により、お互いの力が高まり、加速度的に経験値が貯まっていく。
いつしか時給16mという、超廃人の世界へと突入していた。
(当時の基準で、メタリン28456体分の経験値とされる)




2人のデッドヒートは、いつ果てる事も無く続くかと思われたが
限界はすぐに訪れた。
超廃人の世界に、マシンが耐えられるはずもなく
エンジン付近から発生した煙は、すぐに猛烈な炎となり
紅蓮の炎がお互いのマシンを包み込む。


だが・・・・2人の激走は止まらない。
すでにブレーキすら焼き切れ、減速する手段は
存在しなかったのだ。


「こうして並んで走ると、犬ぞりで競争したことを思い出さないか?
ハヤヒロコフ。」


すでに炎に包まれ、助かる見込みの無くなったマシンの中で
カルタスキーはつぶやく。


「生まれ変わったらまた、俺たちは親友としてやり直せるかな・・?」


当然、カルタスキーの声が届くはずもなく
もはや炎の塊となったハヤヒロコフのマシンから返事はなかった。
だが、カルタスキーは続ける。


「もし無事に転生できたら、今度はこんな殺伐とした世界じゃなく、
故郷のプロホロフカ村で狩人として、のんびりと平和に生きるんだ。
・・・そんときゃ、お前も・・・・手伝ってくれる・・よな?」















「・・・・ああ、それも悪くないな・・」











薄れゆく意識の中、カルタスキーの耳には
ハヤヒロコフの声が、確かに聞こえたような気がした。









真っ黒に焼け焦げたマシンからは
ついに二人の亡骸は発見されなかった。
人々は、彼らが廃ノービスとして無事に転生したのだと
語り継いだ。



2人の男は伝説となったのだ。





※今回もラグナの記事なので、ネトゲ廃人になりたくないから読みたくないおって方は
ブラウザの戻るを押して下さい。


次回はちゃんと近況書きますん;w;