廃月記

surtの早広は博学才穎、
2009年の末年、若くして春風ギルドに名を連ね、
ついでパラディンに補せられたが、性、狷介、
自ら恃むところ頗る厚く、まったりプレイヤーとして甘んずるを潔しとしなかった。


いくばくもなくたまり場を退いた後は、故山、氷の洞窟に帰臥し、
ギルドメンバーと交(まじわり)を絶って、ひたすらスノウアー狩りに耽った。
まったりプレイヤーとなって長く膝を俗悪な大官の前に屈するよりは、
ネトゲ廃人としての名を死後百年に遺そうとしたのである。


しかし、スノウアーcは容易にでず、アイシクルフィストは安く
生活は日を逐うて苦しくなる。
己のc運のなさに絶望し、魔女砂、地塊を売り糊口を凌ぐも
生来の浪費癖故か、c帖や紫箱ギャンブルに次々と手を出し
ついにはGv後に、アンフロを着たままアイスクジをするに至り
早広はついに破産した。
もはやイフリンセットはおろか、ヴンダーカンマーすら買えない。
あとに残ったものは+4ヴァルキリーマントだけである。


数日の後、いつものように回復剤の補給に青白い顔をして
プロンテラに戻ってきた早広は、ついに発狂した。
たまり場でいつものように名無し行きの準備をしている
ギルドメンバーを尻目に「フランツ!フランツ!」となにか訳のわからぬことを
叫びつつ、そのまま駆け出しログアウトした。
彼は二度と戻ってこなかった。ブログやmixiラグナロクSNSを捜索しても
更新のあとは見られず、何の手がかりもない。
その後、早広がどうなったかを知る者は、誰も居なかった。


2週間後、加留田という者、臨公広場で人を集め、深夜のリンコニヨ狩りへと向かった。
PTメンバーは、此処から先は夜な夜な怪人が徘徊し、深夜の通行は危険だという。
リーダーの加留田は12人PTであることをいいことに、メンバーの言葉を退けて
出発した。


残月の光を頼りに、薄暗いプロンテラの裏通りを進んでいたところ
果たしてだれもいない屋台の影から、ハンマーを持ったタンクトップの大男が
躍り出た。
大男はあわや、加留田の被っている+4ライド帽を破壊するところであったが
加留多の姿を見るとたちまち屋台の影に隠れた。
+4ライド帽なんぞを過剰精錬されてはたまらない、加留多は腰を抜かし
ガタガタと震えた。


やがて屋台の裏から「あぶないところだった」と繰り返しつぶやくのが聞こえた。
その声に加留多は聞き覚えがあった。
驚懼の中にも、彼はとっさに思いあたって、叫んだ。「その声は、我が友、早広ではないか?」
加留多は早広と同年に春風ギルドにはいり、リアルでもネットでも友人の少かった早広にとっては、
最も親しい友であった。
リアルを捨て去った加留多の性格が、ネトゲ廃人の早広の性情と衝突しなかったためであろう。
屋台の影からは、しばらくく返辞が無かった。しのび泣きかと思われる微かな声が時々洩れるばかりである。
ややあって、低い声が答えた。「如何にも自分は春風ギルドの早広である」と。


なぜ私の前に姿を見せないのか、と加留多は問うた。
早広の声が答えて言う。自分はもはやフランツとなってしまった。
私が君の前に姿を現せば、君はともかく、君の後ろに控える11人のプレイヤーたちによって
私は八つ裂きにされてしまうだろう。
私はこの姿になってから、あまりにも多くの課金アイテムを破壊してしまった。
話を聞いた、加留多の後ろに立つPTメンバーたちが「このゴミ野郎」「私のトイシールドを返して!」
「濃縮エルを食って死ぬべし!」などの罵声を浴びせかけるが
加留多は片手を挙げて制した。


君のような立派なネトゲ廃人がなぜそのような浅ましい姿になってしまったのか。
よろしければ、かつて親友であった私に教えてくれないか?
加留多は、早広がどうして今の身となるに至ったかを尋ねた。闇中の声は次のように語った。


今から2週間前、私はPTメンバーと名無し行きの準備をしていた。
するとどこからともなく、私を呼ぶ声が聞こえるではないか。
声に応じてたまり場を出ると、声は闇の中からしきりに自分を招く。覚えず、
自分は声を追うて走り出した。
無我夢中で駈けて行く中に、いつしかチャット欄に/spshopと入力し、
そして、知らぬ間に自分は左右の手に濃縮エルニウムを掴んで走っていた。
どこに行くのかは分かっていたが、私はそれに気付きたくはなかった。
暗闇の中にひとりの人物を見つけた刹那、私はシビれるような感覚と共に
意識を失った。


数刻が過ぎた頃であろうか。気づくと私は、筋骨隆々のタンクトップ姿になり、
手に持っていたトリプルサハリックゼピュロスは
一本の非常に頑強なハンマーへと変化していた。
そして足元には、びりびりにやぶれたヴァルキリーマントが転がっていた。
それには+5と書かれていた。
ああ、なんということだ。
私はあの唾棄すべきキャラであるフランツになってしまったのだ。
ラグナを愛する全プレイヤーの敵。
善良なプレイヤーからゼニーとリアルマネーを巻き上げる資本主義の豚!


自分はすぐに死を想うた。しかし、その時、眼の前をひとりのプレイヤーが
逡巡しているのを見た途端に、自分の中の人間は忽ち姿を消し無意識のうちに声をかけてしまった。
「叩いちまえよ」と。


再び自分の中の人間が目を覚ました時、自分の手は何かを引き裂いたような破片にまみれ
あたりには破壊されたバイオレットフィアーの破片が散らばっていた。
これがフランツとしての最初の経験であった。
それ以来今までにどんな所行をし続けて来たか、それは到底語るに忍びない。


加留多はじめ一行は、息をのんで、闇中の声の語る不思議に聞入っていた。
声は続けて言う。


私がフランツになってから、一日に数時間は人間の心がもどる時がある。
私はその時、なぜ自分がフランツになってしまったのかを考える。
人間だった頃の私は、ネトゲ廃人を目指していたが、それは本当に自分が求めていたものだったのだろうか?
もしかしたら私が人間だった頃に行っていた所業の中に
なにか原因があるのかもしれない。
スノウアー狩り、c帖紫箱ギャンブル、アイスくじ、そして過剰精錬…
私はそこに、ある共通の感覚が存在することに気づいた。


それは「シビれ」る感覚である。
そう、cがでた瞬間や、過剰精錬が成功したときに感じる、あの感覚である。
だがそれだけでは、私がフランツになったことへの説明が不足している。
なぜなら、「シビれ」るという感覚は程度の差こそあれ、善良なプレイヤーなら持ちうる感覚であるからだ。
私は自分がフランツになった前後の記憶を思い出し、そして考えた。
私は長い間考え続け、そしてひとつの結論に至った。


私がフランツになる直前、私は確かに「シビれ」るという感覚を感じていた。
だが私の足元には+5の破壊をされたヴァルキリーマントが無残に転がり
精錬はたしかに失敗していた。
そうか、そうだったのだ。
私は過剰精錬に成功するだけでは飽きたらず、失敗することにも
「シビれ」る感覚を感じ、背徳的な快楽を得ていたのだ。


これは、運命が私に与えた罰なのかもしれぬ。
人々と永劫にわたる悲しみを分かち合い、背徳的な快楽を得ていた事への
贖罪をするために、私はフランツとして課金アイテムを破壊し続けなければならないのだ。


もはや別れねばならぬ。フランツに戻る時が近づいたから、と早広は言った。
そうして、付け加えて言うことに、リンコニヨマップからの帰途には決してこの道を通らないで欲しい、
その時には自分はフランツになっていて
友を認めずにライドワード帽を破壊してしまうかも知れないから。


「ふざけんなてめえ」「まて、逃がすか!」「積年の恨みはらさずにおくべきか!」
加留多の後ろに控える11人のプレイヤーが一斉に怒号を浴びせいきり立つが
まるで精錬に失敗するのと同じくらいの速度で、早広はプロンテラの露店街へと走り去った。
あとに残されたのは11人の怒れる群衆と、早広の知己の加留多のみである。


人々の降ろす先を失った怒りの拳が、どこに向かうのかは
確定的に明らかだった。


※例によってラグナロク日記だお
山月記のパロは書きやすくていいね(´・w・)