廃東方の国

「ぼ、ボクみたいな善良な市民を捕まえて・・
 あ、あなた達は一体何なんですか?弁護士を呼んでくださいっ!」


打ちっぱなしのコンクリートで構成された部屋の中に
二人の男が相対して座っていた。
部屋は薄暗く、狼狽している男に向けスポットライトが当てられている。
闇の中には、丸眼鏡をかけたキツネのような顔をした初老の男がいた。


「ヤヒロスキー君、君が東側の国のゲームを所持しているという
情報があってね。国家のために調査に協力をしていただきたい。
なに、簡単な調査だ。素直に従ってくれれば、すぐに家に帰してあげよう」


丸眼鏡の男はにこやかに話しかけるが、目は笑っていない。
これから始まる尋問が、簡単なものでない事は明らかだった。

いつの間に現れたのか、丸眼鏡の男の傍に、
軍服を着た屈強な男が立っていた。
「わが国では東側のゲームを所持する事は固く禁じられている。」
男が感情のない声で言い放つ。


「東側のゲーム、君たち反政府武装テロ組織の間では
『東方』と呼ばれる物は我が国の安全保障上、極めて危険な存在だ。
洗脳的な音楽に、多様な萌えキャラ・・・・このようなものが
市民の間に広まっては、国有ゲームであるラグナロクの存在意義が
薄れてしまう。
したがって、東側のゲームの所持は、特A級の国家反逆罪とされ
更生施設での50年間の教育が言い渡される。」


ヤヒロスキーと呼ばれた男は「50年」という言葉を聞いた瞬間
震えだしながら必死で弁明を始めた。


「ま、待って下さい!確かにボクは、2009年に非想天則という
格闘ゲームを少しだけやったことがあります。
でも、そのときはそれが東方だなんて気付かなかったし、
友人に教えてもらってからはすぐに破棄をしました。
国有ゲームであるラグナロクを排斥しようなんて気持ちは
全くありませんでした。
僕はこの国を愛しているんです。信じてくだしあ!」


「見事な演技だと感心せざるを得ないな。
だが、君の部屋で見つかったコレを、どう説明するのかな?」


ヤヒロスキーの前に、薄っぺらい同人誌が差し出される。
作者名には「ハヤヒロフ」と書いてあった。


「何ですかこれは!と・・東方の同人誌じゃないですかっ!
汚らわしい!!
こ、これが一体、僕と何の関係があるんですか?!」


ヤヒロスキーは、初めて見る本であるかのように
大仰に驚いて見せる。


だが、丸眼鏡の男は、ヤヒロスキーの瞳の奥に
わずかに表れた動揺を見逃さなかった。

軍服の男に目で合図をすると、軍服の男が早口で語り始めた。


「2008年10月、ハヤヒロフ、東方紅魔郷を始める。
 2008年12月、紅魔郷NORMALモードをクリア。
 2009年1月、東方妖々夢を始める。
 2009年3月、例大祭で同人誌を販売。
 2009年4月、妖々夢のEXTRAモードをクリア・・etc」


「な・・・っ!?」
ヤヒロスキーが絶句する。


「もう調べはついているのだよ。我々も時間が惜しい。
おとなしく白状してはどうかね?ヤヒロスキー君、
いや・・・・疾風のハヤヒロフ!」


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丸眼鏡の男の発言に、室内は静まり返る。


「疾風のハヤヒロフ」といえば、かつて同人誌即売会
自分の作った本が、100部中10部しか売れないという絶望的な状況の中、
あらゆるツテを使って売りさばき、最終的に完売させたという
凄腕の持ち主だった。


この目の前の小柄な男が、かつて西側諸国を震撼させた
東側の伝説的なスパイ「疾風のハヤヒロフ」だというのか?
軍服を着た男の手に、汗がにじむ。


ハヤヒロフと呼ばれた男は
ガタガタと震えながら頭を抱えるように下を俯いた。

・・だが、数秒もしないうちに体の震えが治まり、
やがて、不気味な笑いとともに顔を上げた。

















「・・へへ、ばれちまっては仕方ないな。
そうとも、俺は疾風のハヤヒロフ。クライアントの依頼により、
貴国に潜入をしていた。」

そこには、ヤヒロスキーと呼ばれた男の姿は無かった。







「OK、降参だ。お互いプロだろ?危害は加えないでくれ。
仕事でやってただけだぜ。それじゃあ早速、取引と行こうじゃないか。」

先ほどの怯えた様子とうって変わり、ハヤヒロフは十年来の親友のような
馴れ馴れしさで、相対して座る丸眼鏡の男に提案した。

「俺はお前等に知りたい情報を与える。その代り、
お前らは俺を安全に国外退去させる・・
俺を拷問して吐かせるよりはよほど合理的だと思うがね。
さあ、何が知りたい?」



丸眼鏡の男は、ハヤヒロフの言葉を笑顔で聞き流すと
穏やかな口調でこう言った。



「ハヤヒロコフ君は、何か勘違いをしているようだ。」



「・・・・?」

「私は君から情報を得たいわけではない。
私は君に我々の開発したゲーム
ラグナロクの素晴らしさを知ってもらいたいだけなんだ。」









「それは俺に・・・・ラグナロクをプレイしろということか?」
ハヤヒロフの表情が強張る。


「冗談はよしてくれ!俺にラグナロクの犬になれというのか!?
俺はすでに東方・・いや、ゆゆ様に忠誠を誓った身だ!
いまさらラグナロクに寝返るわけにはいかない。」


丸眼鏡の男は、笑顔でハヤヒロフの返事に頷いた。
「ふふ、君の答えはすでに想定の範囲内だ。
だが・・ラグナロクで東方のキャラの名前を使って
プレイができるとしたら・・?」


「ば、馬鹿な!ゆゆ様やみょんの名前で始める事ができる・・だと?
そんな旨い話があってたまるか!」


「無論わたしも、最初は信じなかったさ。だがね」


そう言って男はパチンと指を鳴らす。
後ろにいる軍服の男が、プロジェクターを手馴れた様子で操作すると
闇の中に2つのキャラが浮かび上がった。
それは、ハヤヒロコフの良く知るキャラクターだった。

「こ、これは、パチュリー!!それにこっちは秋姉妹じゃないか!!」

ハヤヒロコフは、プロジェクターによって写された画像を
まるでシロマからウアーカードが出たかのように凝視した。

「信じてもらえたかね?・・これは私の持ちキャラだ。
私もかつては名うての東方厨として、この国で工作活動を
していたのだよ。
つまりは、君の先輩というわけだ。」

「・・・・」



「私は君に、東方を裏切れとは一言も言ってない。
私の理想は、東方とラグナロクがお互いに手を結び
争いのない平和な世界を作ることだ。
同志ハヤヒロフよ、どうか私の理想郷建設に力を貸してくれまいか」

そう言うと、丸眼鏡の男は
1500円のガンホープチケットを無言で机の上に差し出した。
ハヤヒロフはしばらくそのチケットを見つめていたが
やがてそれを掴み、乱暴に胸ポケットへと入れた。





「・・・・か、勘違いするなよ?俺がこのチケットを受け取ったからといって
ラグナロクに忠誠を誓うわけではないからな?
あくまで調査活動の一環として・・だ。
今はお前の言葉を信じてやる。だがな、もしお前の言葉に
偽りがあった場合は、容赦なくお前の持ちキャラを
surtキモ板に晒してやるから、覚悟しておけ!!」


丸眼鏡の男は、ハヤヒロフの返事を聞くと満足そうに肯いた。







「ようこそ、ラグナロクの世界へ・・。」






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ハヤヒロフが去った取調室には、二人の男が残された。

「メルツォフ大佐。奴は危険な存在です。本当に・・
信用できるんでしょうか?」
軍服の男が遠慮がちに尋ねる。


「ふふ、君の心配は良くわかる。だが、安心したまえ。」


メルツォフと呼ばれた男は、2つのグラスにウォッカを注ぎ
軍服の男に無言で勧めた。


「我々のラグナ廃人育成プログラムは完璧だ。
一度ラグナロクをしてしまえば、もはや時間の問題。
東方への愛は、ラグナロクへの忠誠心へと昇華されるだろう。」
我々はただ・・・・そのときが来るのを待てばいい。」

そう言い終わった丸眼鏡の男の目に、
一瞬、寂寥とした感情が垣間見えた。


「さあ君もグラスを持ちたまえ。そして祈ろうではないか。
ハヤヒロフ君が無事にラグナ廃人になることを!
・・彼の廃なる未来に乾杯!!」



二人の男は、天にグラスをささげ
そしてまずそうに、熱い液体を喉に流し込んだ。